家族こそが、いまのテレビの中心マーケットだ

テレビがだめだというけれどという記事があった。なかなか興味深い指摘があったので、ここにまとめておく。

簡単に言うと、『今のテレビは家族をマーケットの中心にしている』というもの。テレビが面白くない、つまらない、と言っているのはヒマで貧乏な独身の男女だそうで、そんなやつらのために番組を作ったって、金使ってくれないから、マーケットから外しているのだという。(記事の著者がそのように主張している)まあ、たしかによく目にする番組はクイズとか、漢字の書き取り、みたいな家族みんなで見られるようなもの。例えば、『ごっつええかんじ』みたいな、一部のコアなお笑いファンだけに絞った番組は今ではマーケット的に不可能だということか。

記事によれば、

まあ、たしかに視聴率は落ちている。ところが、実際は意外にも、テレビ局は、のきなみ増収増益。これは、スポンサーとしても、CMを打ったら打っただけのリターンがあるから。ここには、テレビを見ているだけのやつには計り知れないマーケティングの秘密がある。テレビがつまらなくなった、見なくなった、と、うるさい連中は、たいていヒマな貧乏人だ。正直なところ、連中側よりむしろ先にテレビ局側からマーケットとしてディスってハブられただけのこと。

という。ここら辺の感覚は確かに私のようなお金を稼いでない人間には難しい。マーケットって一口に言うけれど、すべての層を見渡せる人なんていないから、どうしても偏りが生じている。そう考えると、テレビは終わりだ。新聞は終わりだ。これからはネットの時代だ、みたいな世間では当たり前のように語られていることも、ちょっと違うんじゃないか、言いすぎていないか、と思うのである。
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中高生のネット依存について思うこと

中高生のネット依存という記事に驚いた。記事によれば、中高生の10人に1人弱、クラスで3人ほどがネット依存の状態であるという。これは、アルコール依存と同じ割合なのだとか。すべての依存症がそうであるようにネット依存もまた、病気である。ネットのヘビーユーザーとの違いは、自分の意志でやめられるかどうか、だという。ネット依存にかかった人は、寝食を忘れてネットに向かってしまい、健康や人間関係に悪影響を及ぼすのだそうだ。(学校に行かなくなる、睡眠時間が短くなる)

ふと、2冊の本に書かれた文章を思い出した。
1つ目は、石田衣良『傷つきやすくなった世界で』より。『情報が増えるということはそれだけ迷いも増えるということだ。小さな声で言うけど、新しいテクノロジーなどなくても全く快適に生きていけるのだ。』

傷つきやすくなった世界で (集英社文庫)傷つきやすくなった世界で (集英社文庫)
(2011/11/18)
石田 衣良

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2つ目は、中川淳一郎『ウェブはバカと暇人のモノ』より。ネットは超便利なもの。それくらいの扱いでいいではないか。ネットはあなたの人生を変えはしない。好きな人に会えばドキドキするし、友人に裏切られれば悲しくなる。人は有史以来、同じ悩みを抱えて生きていくほかないのだ。

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)
(2009/04/17)
中川淳一郎

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さあ、貴方の人生の主人公は貴方であるはずだ。人間は、スマホやネットを運ぶものではない。そこから先は、自分次第である。

ネットとコップの中の嵐

コップの中の嵐…当事者には大事(おおごと)でも、他にあまり影響せずに終わってしまうもめごと。(コトバンクより
ネットをやっていると、この言葉をよく思い出す。というか、思い出さねばならないと感じている。
ある議論があったとしよう。賛成と反対、自分にとって主張が同じ人と違う人、敵と味方(あんまりこういう考えはしないほうがいいのだが…)が存在する。で、ネットはどちらも簡単に見つけることができる。しかし、何かに自分が入り込んでいるときに、それを客観視できることはかなり難しい。思えば、バブルの崩壊も、原発事故も根っこは同じなのではないだろうか。バブルの時だって、こんなのおかしいよ、いつか絶対バブルは崩壊するよと主張していた学者はたくさんいたはずだ。でも大多数は、今がこんなに勢いがあるんだ、崩壊するわけないじゃないかと言って、株や土地に対する投資を止めなかった。で、バブルは崩壊した。原発でも、あれは危ない技術だ、核燃料サイクルなんて破綻するぞと主張した学者もいたが、大多数は原発は安全だ、これは画期的な発明だとして原発をこれほど作ってしまった。で、フクシマの事故が起こった。

その渦中にいる人間が自ら進んでいる方向を疑うことがいかに難しいか、それをよく知る必要がある。そして、この考え方は個人の日常でも十分当てはまる。ネットをしていると、その話題に関心のある人を簡単に見つけることができるが、全体で見た時にその話題に関心を持つ人がどれほどいるのだろう。先の参議院選挙では、投票率は5割に届いていなかったはずだ。つまり、政治に関心を持つ人は半分もいないのである。それが事実。やはり、その人の行動に影響を与えるものが現実である@養老孟司

ネットは特に周りが見えなくなる可能性が高いと私は思う。それはスピード感と膨大な数、というネットのいい面のそっくり裏返しであると思う。だからこそ『コップの中の嵐』、この言葉を忘れないで生活していこうと思うこ

ネットで発言するときの心構え~実名と匿名

コラムニストの小田嶋隆さんが、とても重要なことを言われていたと私は感じたのでここに転記しておく。
ネットにおける実名と匿名の使用、という問題は根が深い。個人的見解では、ネットのいいところは、匿名であることだと思う。まあ、ラジオなどでも昔からペンネームというのはあったわけで、匿名=ネットの発明では決してない。ネットは、めちゃくちゃ便利でありがたいものだが、所詮は道具である。歌舞伎町も所詮は呑みやと風俗と集まりなのだが、実際に歌舞伎町を歩いているとおそらくそれを忘れる。幻想ってきっとそういうことでしょ?きらびやかなネオンのように人の冷静さを失わせるような部分がネットにはあるので、個人が注意することが何より必要なのではないか、その自覚こそがネットを上手に活用する方法だと思うので、私は自壊しようと思っている。

で、小田嶋さんの発言。

私なりに解釈すれば、匿名であることは自由な発言を促進する。ただ、実名とは種類が違うことはいつでも念頭におかねばならない。(どっちか上か、という問題ではなく)そのうえで、匿名を自分の不満のはけ口に使ってはならないと常に自戒する気持ちが求められているということだ。

他人を批判することと、無視すること

ネットを見ていると、誰かの批判で盛り上がっている場合が多い。私もつい見てしまったりする。
その時、森博嗣のある言葉を思い出した。

『人に好かれなくてもいい』と『人に嫌われたい』は大きく異なっている。嫌われたいというのは、干渉を望んでいるからであって、好かれたい、と大差はない。(君の夢僕の思考59頁)

君の夢 僕の思考君の夢 僕の思考
(2002/06/06)
森 博嗣

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『こいつ、バカだな』と人を批判することは2つの理由がある。1つは、他人からの干渉を受けたがっているから。まあ、かまってほしい、ということ。2つ目は、そうすることで自分が優位な立場になった気がするから、であろう。
たしかに、批判が必要な時はある。その場合は違う。この辺になってくると、何がその人にとって重要かという問題になるので、結局は個人個人、となるのかもしれない。しかし、明らかにネット上では必要以上の批判があるように思う。まあ、メディアってみんなそうなのかもしれないが、ネットは個人なのでよりはっきりしますよね。

私自身は、この本を読んで、森博嗣の言葉を思い出して自戒しながら生きていこうと思った。他人を批判することは、干渉を受けたがっている証拠だ、と。(例外ももちろんある)真に自分を持っているなら、別にいいじゃない。そこまで行けることを祈ろう!自分自身に。
プロフィール

はし

Author:はし
さいたま在住の22歳、男です。
本の感想や気になる社会テーマについて、書きます。
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写真は、江口寿史の作品です。こういうコにあこがれちゃいます笑

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