この写真は、なんであろうか?
もうすぐ2年ほど前になってしまうのか、東北電車で1周旅行において、秋田~新津間の羽越本線の車窓からの眺めである。今こうして文章にしていても、絶対にとりこぼしている。それくらい、素晴らしい景色であった。今まで曲がりなりにもいろんなところに旅行してきたが、この時ほど鮮明に記憶しているものはない。羽越本線なんて、知名度的にはかなりマイナー(鉄道ファンは別だけど)で、私もこんな景色を想定してはいなかった、それだけによかったのかもしれない。

車内には、地元のおばあさん、おじいさんと期末テストでもあったのか、早帰りの地元高校生くらいしか乗ってはいなかった。平日の昼間、今にして思えば大学生くらいしかあの時間に遊んでいられる身分はない。ああ、なんと貴重な時間であったのか…。閑話休題。

しかし羽越本線からの眺めはよかった。雄大な日本海、むき出しの自然を感じさせる岩々。今まで見たことのない種類の景色であった。今こうして文章を書いていると、余計にこの絶景の素晴らしさを思い出すとともに、あの時のあの感情には決して立ち返ることができなのだ、という一切空、切なくそしてあったかい何かを思い起こさせてくれる。

私が、今後、電車に興味を持つとすれば、この旅がかなりの引き金になっていると思っていいだろう。

羽越本線の写真
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養老孟司・太田光『人生の疑問に答えます』

養老孟司と太田光。私が好きで、尊敬している2人である。そんな2人の対談集が、本書。タイトルの通り、一般読者からの疑問(夢について、家族について、仕事について…)にこたえるというもの。

太田光は、頭はいいのだろうけど、典型的な文系の感がある。感覚でやる、フィーリングでしゃべる。一方、養老氏は、典型的な理系。そして、めちゃくちゃに頭がよろしい。あったことはないのだけど、養老先生と呼びたくなるほどである。その回答は、明快で論理的、現実的で実利的。一般の人にも当てはまることをおっしゃってくれる。だからこそ、出す本出す本がベストセラーになるのだろう、と予測できる。

さて、本書にはそんな師玉の言葉がいっぱい詰まっているのだが、なかでも私が感動し、過去に救われもした文章を載せておこう、備忘録として。

養老氏。『悩みには答えがないんです。どういうことかというと、ある状況について問題だと思い込んでいる、まさにその状況こそが問題なのであって、状況自体が変化してしまえばば問題でなくなるんですよ。いわば自分の感じ方、考え方が変わってしまうんですね。

これは、よく養老先生が言われるとこである。『人は、変わる。』と。自分が変わっていない人は、進歩していない証拠なんだ。自分が変わっていく、そのこと自体が絶妙な味わいを持つ。それを生きるというんだろうと。

私も様々な悩みがあったが、この言葉でかなり救われてきた。これから先も、たびたび困難に遭遇するのだろうけど、この言葉を糧に生きていきたいと思う。

追加で、太田氏の言葉も載せておこう。『何か先に楽しいことがあるときは、その手前が一番楽しかったりしますよね。養老さんのように、仕事がなくなったら虫採りができるという、先にすごい楽しいことを想定している人は、実は先が楽しいのではなく、今が楽しいんですね。

太田

東野圭吾『真夏の方程式』

ガリレオシリーズ『真夏の方程式』を読了。東野圭吾、相変わらずのすごさ、としか言いようがない。
小説を1日で読んだのは久しぶりであった。

さて、内容はネタバレになるが、研究のため訪れたある田舎で人が死ぬ。警察は、当初事故だと判断していたが、湯川はある疑念を抱く。そして、その背後に隠れるある深層にたどり着いた時…

ああ、こうして書いていてもちょっと背中がゾクっとしてくる。これがミステリーの醍醐味であろう。一番ゾクっとしたのは、『あなたが彼を殺した』と『悪意』の2つであろうか。あれは、今でも読みたいけれど、怖い、そういう感情がさえする。

ミステリーの内容としても十分に楽しめた本作品だが、実はクライマックスの湯川と少年とのやりとりが、とても感動する。そして、これは東野圭吾の人生哲学、読者へのメッセージともとれるのではないだろうか、そう私は思った。

『この世界には、まだまだ現代科学では解けない謎がいくつもある。しかし科学の進歩とともにそれらも解かれていくだろう。では、科学に限界はあるのか、あるとしたら何がそれを生み出すのか。それは人間の頭脳だ。例えば、数学の世界では次々と新しい理論が発見される。しかし理論が高度化すればするほど、それを検証できる人間の数は限られてくる。ある天才が発見した理論は別の天才が登場するまで、待たなくてはいけない。』

『どんな問題にも必ず答えはある。だが、それを今すぐに導くことができるとは限らない。人生でもそうだ。今すぐには、答えを出せない問題なんて、これから先いくつも現れるだろう。しかし焦る必要はない。答えを出すためには、人間の成長が求められている場合も少なくない。だから、人間は学び、努力し、自分を磨いていかなければならないんだ。』

内田樹『疲れすぎて眠れぬ夜のために』

久しぶりに読むと、また新たな発見がある本が存在する。内田樹『疲れすぎて眠れぬ夜のために』もそうした一冊である。著者のいいところは、非常に現実感があること。『普通』の人をターゲットに書かれているので、自分に当てはめてみても効果がある。養老孟司さんにも共通する部分である。しかし『普通』のことを書く人が、なぜ売れっ子なのだろう?それは、以外にも多くの本が「普通」のことを書かず、普通の読者を相手にしないためである。だからよく言うように、この人たちの書くことは、やかんは熱いかた手を触れないほうがいいよ、とか、汗をかいたら水分を取ったほうがいいよ、という類のことなのである。

本書の気になる箇所。
人は、夢と現実を同時に生きなければいけない。しかし若い人は、答えを単純化したがる。私の可能性は、無限ですか?有限ですか?と。可能性を最大化するには、自分の可能性には限界があることを知っておく必要がある。どこかで、自分の知的な、あるいは、身体的な資源の限界を感じ取り、それを優先順位の高いものから順番にうまく配分することを覚えなければならない。1.jpg
そうしないと、人は壊れる。壊れることの典型的な症状は、「いま・ここ」よりも強いリアリティーも別の自分に感じてしまうことだ。現実が正解なのだということが分からなくなってしまっているということだ。俺も気を付けなければいけない。時々、いま・ここではない自分に強いリアリティーを感じることはあるから…。

向上心は、自己否定の裏返しである。向上心は、あるほうがいい。でも、ありすぎてもいけない。このようなバランス感覚が非常に必要になってくる。

大きな物語を読み取るたいせつさ

6.27発売の週刊文春に、三木谷浩史、周回遅れの『英語バカ』と題された記事が載っている。
本文を読んで私が感じたのは、大きな物語を読み解く大切さだ。口を開けば『グローバル化』『構造改革』『規制緩和』といった人たちが一昔前にはいた。その残存が、三木谷氏であると本文では書く。

そして、今の政治はこうした人が幅を利かせていて、かつての小泉政権下に逆戻りしている感がある。そして今回は、政治などを考える際には、大きな物語を読み解く、という心構えが必要なのではないか、と思ったのだ。俯瞰的に、おおざっぱに物事を見る。これは教育社会学にも必要な考え方だ。

さて、アベノミクスを支えるプレーンには、三木谷氏のほかに竹中平蔵がいるが、どちらも言うことが分かりやすい(笑)。
人材派遣会社(パソナ)の顧問も務める竹中氏が『雇用自由化』を唱えている。三木谷氏は、「カジノ解禁」『インターネット選挙の解禁」…等々、ネットを使って国際化を目指すとしているが、そもそも楽天は、思いっきりドメスティックな企業である。では、なぜドメスティックな企業に限って、国際化と騒ぎ立てるのだろう。これを解くカギは、一つ。「あらゆることは、ビジネスである」という原則である。大人になったら、これを理解できるようにならねばならない。情報とは、とどのつまり宣伝のことである@森博嗣のように、ある主張がなされた時には、その人が利益を上げようとする場合だ。例えば、みんながもっと投票するようにインターネット選挙の解禁を!と言えば、聞こえがいいが、実態は、ネット業界が儲けたいだけの話である(ネット選挙自体には、私は賛成である。しかし、善意だけの発言などこの世にはない。とくに企業なわけだし)英語が話せるように!というのも、それで英語業界が儲けるから、である。(私もそれの騙された過去がある、だからこそ、その発言によって、だれが得をしようとしているのか、を常に考えなければいけない。)日本人が、英語が話せるようになれば、外国人も容易に働けるようになり、人件費を抑えることができる。それが、理由なのだ。

イメージで飛びつくと、危険な目に合う。大人になりたければ、自分の頭でものを考えるようにならねばならない。その発言によって、だれが利益を上げるのか?

Posse10『シューカツは終わらない』を読む

Posseとは、都内の大学生・社会人を中心に結成されたNPO法人のことであり、若者の労働相談・ブラック企業への対応策を提言する団体である。

さて、本書では、終わりなきシューカツのテーマで、さまざまな議論がなされているが、印象に残ったものを記しておこう。尚、ここに記載するのは、あくまでこの団体が調査したデータに基づく。

まずは、就活が学生に中でどれほど負担になっているか、について。
・学生の負担が大きい。都心部で9万、地方では13万円ほどの費用が掛かるらしい。そして、全体の15%が奨学金を就活費用に充てている。
・就活は、人格を改造するものなのだ。厳しくなればなるほど、学生は企業に対してより従順になる。労働時間、給与、昇給、賞与、休暇、などの条件を妥協するようになる。
・7人に1人が「就活うつ」の状態にある。
・ESは最初、ソニーが91年卒(俺が生まれた年)を対象に行ったもので、学歴不問で人物評価をする弱者救済の要素もある制度であった。が、今では、就職ナビが肥大化したせいで、足かせになってしまっている。
・日本の働き方を象徴する言葉として『ジョブなきメンバーシップ』『メンバーなきジョブ』の2つが、対照的に正社員と非正社員に階層を作り出している。他国では、ありえないほどの賃金格差や女性が活用されていない現状がある。

次に、どうして若年労働者は働きすぎてしまうのか、について。
・日本では、1970年代半ばのオイルショック不況を境にして、『企業中心社会』がうまれ、労働者の権利は著しく弱まっていった。第1に、ストライキの数が大幅に減った。(厚生労働省 平成21年労働争議統計調査)
・労働時間の男女格差がますます開いていった。日本全体で見れば、労働時間が減少していることは確かなのだが、女性のパートタイムが増えたことが1番の原因であるため、正社員の就労時間はほとんど変わっていない。(週52時間ほど 2006年就業構造基本統計調査)
・その就業構造基本統計調査によれば、ここ10年ほどで、短時間労働者と長時間労働者の雇用形態が増えていることが分かり、2極化が進んでいることが分かる。
・学校基本調査によれば、「一時的な仕事に就いたもの」は2万人、と『進学も就職もしないもの』は9万人で合わせて11万人。全体の20%、5人に1人がそういう状態なのである。(私もその一人であった。)
・男は残業、女はパート。椅子取りゲーム論がある。7つのイスしかないけど、10人座りたい人がいる。椅子を増やすか、窮屈でも1人のイスに2人掛けするしかない。後者の可能性こそ、追及されるべきである。これを、ワークシェアリングと呼ぶ。

最後に、就職に関する議論の見方、について。
その意見がだれを対象になされているのかをまず、考える必要がある。(これは万事に通じる考え方である)新卒一括採用を廃止すべきとする側と廃止すべきではないとする側の2つがある。前者は、エリートを対象に書かれている。後者は、95%の普通の人向けに書かれている。これを以てして、新卒採用は維持すべき、とはならないが、ある意見があった時に、それがだれに向けて発せされている言葉なのか、それを考える必要がある。これは有益な言葉である。

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学歴による収益率

http://www.geek.sc/archives/313
面白い記事を発見した。
教育を受ける動機に、『費用』と『便益』という概念がある。費用よりも便益のほうが大きければ、教育を受けるというもの。

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ここでは、一人暮らしの男子(俺)に限って検討してみよう。企業規模は、100-999人。(終身雇用が前提)
高卒との生涯賃金の差が『便益』である。これが、およそ7600万円。http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/documents/21_p241-279.pdf 表 21-3 男性一般労働者の生涯賃金

費用は、年間50万ほどの授業料4年分で200万。一人暮らしの費用、月10万×48でおよそ500万円。放棄所得が、1000~1200万円。合わせて、1800万くらい。

つまり、俺の場合、1800万円の費用によって7600万円の便益を得た、計算になる。収益率は、およそ6%(詳しい計算方法が分からないのでここは引用、とほほ)

で、国際的に見て日本の大卒収益率は低い。つまり、日本は実は、学歴による所得格差が低い国であるといえるのである。

前回に続き~昼寝のすすめ&人生を幸福にするには

パート2である。

http://blog.tatsuru.com/2007/09/16_1023.php

基本的に「人間的成長」というものはだいたいが「それまで非常に気になっていたこと」が「後で考えたらどうでもよくなる」という形式でなされるものである。

人は絶えず変化をする。『なんであんなことを気にしていたんだろう?』少しでもそう思えるように生きていくことが、成長している証なのだ。さて、俺はいくつ思えているだろう。

こちらは武田邦彦先生の教え
http://takedanet.com/2011/02/post_a3bb.html

どうしたら幸福な人生を送ることができるか。過去の偉大な哲学者は、ほとんど同じことを言っておられるという。
1)人生に目的はない。
2)他人のことを第1にした人生は、幸福になる。人間は、集団の動物だから自分1人で幸せになることは難しい。それに俺も早く気づこう。
3)暇にならないことだけが、人生を幸福にする。

「我々の惨めさを慰めてくれるただ一つのものは気を紛らすことである」(パンセから)

内田樹先生のありがたい教え~未来について

内田樹の研究室。私が愛して拝見するサイトの一つである。今回は、その中からありがたい教えをいくつか挙げておこう。なんたって、すぐに忘れてしまうからね(笑)

http://blog.tatsuru.com/archives/000242.php

先のことはどうなるかわからない、というのが未来についてのもっとも適切な構えである。
「未来がわからない」というのは、未来の世界がどうなるかわからないということではない(未来の世界はかなり近似的に推論できる)。
そうではなくて、未来の「私」が「いまの私」とは別人になっているので、そのとき「別人である私」の眼にその世界がどう見えるか想像できない、ということである。
「未来がわからない」というのは、未来の世界がどうなるかわからないということではない(未来の世界はかなり近似的に推論できる)。
そうではなくて、未来の「私」が「いまの私」とは別人になっているので、そのとき「別人である私」の眼にその世界がどう見えるか想像できない、ということである。
ある種の社会的能力(たとえば運転免許とか外国語運用能力とか武道の免許皆伝とか)を身につけると、「それがないとできないことができる」という点では社会活動の可動域が広がる。
けれども「それがあるせいでできないこと」や「それを体得するために犠牲にしたこと」を考量とすると、トータルでは選択肢の幅を狭めている可能性もある。だから、単純に学歴や資格を身につけたりすることが選択肢を広げるとは限らない。
「私の可動域」を最大化するための選択肢は、結局ひとりひとり自分の感覚で選び出してゆく他ないのである。

あそうか、ブルデュー『再生産』だ!

なぜこのようなテーマであるのか。数年前、たしか大学2年時だったと記憶している。社会学の授業で、『学校のもっとも重要で、かつ隠蔽された機能は、階層の振り分けを正当化することだ』との言葉を聞いた。

あれは、だれが言ってたのかな~とぼんやり考えていたので、調べてみると、かの有名なブルデュー先生(あえて敬称)であった。そのものズバリ、『再生産』という本の中でこう記されている。
ブルデュー『再生産』http://ittokutomano.blogspot.jp/2012/01/blog-post_6496.html

学校が、階層の再生産を促す。

この言葉は、私の中で強烈な記憶に残っている。

学校や教育を無批判に受け取ってしまう人にこそ、この本は読まれるべきだろう。(私も含めて)

調べる過程で、ほかの面白い記事も見つけたので、貼り付けておく。
①学歴による収益率 http://www.geek.sc/archives/313
日本は、実は、高卒と大卒の所得の差が低い国なんですね。意外!(まあ、平均ですけど)

②タテの学歴とヨコの学歴/学歴と学校歴 http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/28834/1/84_P107-126.pdf

『俺はまだ本気出してないだけ』

俺はまだ本気出してないだけを観てきた。
40歳を過ぎたフリーターの男が、会社を辞めて漫画家を目指すというもの。
漫画が原作という本作品だが、堤真一はすごい。こういう役柄もこなしてみせる。

内容は・・・面白い、けど、それだけかな…。
ただ笑いに行く、楽しみに行くという目的なら本作品は、かなりの部類に入るだろう。
でも、何かをつかみたいとか、ヒントを得たい、という人には不向きな映画かもしれません。

ただ、本作品に限らず『夢を追う素晴らしさ』みたいなのは、あらゆるところで強調されるけれども、そんなに大事なことかな~と思うのです。あらゆる情報は、宣伝である@森博嗣との言葉にあるように、私たちが当たり前に思っていることも実は、『欲望を煽って儲ける人がいるから』と考えると、夢との言葉にも別の背景が見えてきます。そもそも、資本主義そのものが、他者のモノサシを使う人間、欲望を喚起されやすい人間を求めている側面があるわけですからね。

まあ、こんな固いことを考える映画ではないです。私も視聴中は、声をあげて笑っていました。笑えることは間違いなしです。

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ホワイト餃子を食すin久喜

テレビでホワイト餃子の存在を知り、食べてきた。

亀有の店がテレビでは紹介されていたが、久喜や小山、足利にもあるようだ(知らなかった)

率直な感想。好き嫌いが分かれると思う。自分は、正直そんなでもなかった。テレビで超うまそうに紹介されていたのもあるが…。合コンに超かわいいこが来る、と紹介されていてまあ、ふつうのこがきた的な…

好きな人は好きだと思います。餃子よりも、おやつという感じがしてしまった(皮が粉っぽい、のがいいんだろうけど)

でも、一度行く価値はあると思います。ぜひ、みなさんも・・・

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森博嗣『やりがいのある仕事』という幻想を読む

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中川淳一郎『ウェブはバカと暇人のモノ』を読む

この本のいい点は、『現場感』がするところです。著者自身が、ニュースサイトの運営者(たぶん)として経験したことを基に作られいるからとりあえず読みやすいし、記憶には残る。過激なタイトルも賛否両論(著者は『否』が来ることを望んでいる気もするが…)を狙ってのことでしょう。

意見が偏ってる部分もありますが、『すべてものには光と影があるよね?便利なものは、その創世記には光だけが強調され、現実離れして広められることがあるけど、ネットもそろそろ普通のただ単に便利なものってくらいの扱いにしたほうがいいんじゃない?』という著者のメッセージは届きました。(もっとも、この本が発行された当時ほど今はネット万能論みたいなのは、聞かなくなりましたが…(おれの主観です)



『大卒だって無職になる』を読んで思ったこと

著者は、若者の自立支援をしているNPOの代表者。

印象に残ったことを2つ。

1つ目。若者の就職支援においては、最も身近な他人が必要だというが、よくわかる。友達にESを見てもらうのもなんだし、ましてや親に面接指導をされるなどあり得ない。
親身になってくれるが、決して身内ではない。新卒応援ハローワークのような機関がかなり重要だと気付かされる。

2つ目。”つまづく”ことは普通。だからこそ、ふだんから気を付けるべきことがある。1つは、だれもが躓く可能性があるので、今まで出会った人とどういう形であれ(facebook,twitter)つながっておくこと。もう一つは、躓きそうな人や躓いてる人を見かけたときに手を差し伸べる世の中が当たり前になるように個人レベルで作っていくこと。電車で老人に席を譲るのと一緒。自分もそうなる可能性を秘めているわけだから、人にやさしくすることは最強の自己防衛なんだよね、そこに気付かされた。

個人レベルの言葉から、もう一つの連想を。蓺人春秋より、甲本ヒロトの言葉。
『談志はいい。俺は、アナーキーになることが理想なんだけど、現実には机上の空論になってしまう、うまいもん食いてぇじゃんってなるから。だから、最後は半径5mでアナーキーやるしかないの。それは桃源郷でだれも侵せない。』

同じだと思った。つまり、自分の生活圏を大事にするしかないのだ、そこでやるしかないのよ!という決意はシビレルしかないだろう。夏目漱石は、徹底した生活主義者だったとの話を聞いたことがある。それとおんなじだ。すごい。 

荻窪ラーメン、高円寺アゲイン&原宿

荻窪でラーメンを食べた。荻窪と言えば、日本でも屈指のラーメン街(らしい)。
お願いライキングというテレビでも紹介されたランキング1位の『二葉』に行ってきました。
これは友達、おれじゃありません。(笑)


左が人気1位の背油煮干しラーメン。
麺がほうとうみたいに、太くて特徴的。
割と、ボリュームがあります。














で、その後は再び高円寺。高円寺は、やっぱりいい街だと思った。東京にありながらも、程よくて住んでみたら楽しいだろうなぁ~と思う、でも、たまに行くからいいにかな?遊びに行くから楽しいってのは、あるかもな。そこで、青のたてラインのシャツとサーフボードのおねえちゃんTシャツ(笑)を購入。




行った店は、駅近くの○○?(あれ、なんて店なんだ?)と、商店街のGRN。この2つは覚えておこう、今度1人でも行ってみようか。
















次に、原宿に移動し、ゴディバを初体験。(あそこはすいてる、それも覚えておこう)チョコの有名店であり、スタバ以上の激甘ジュースを飲んだ。栄養補給だね、あれ。










石田衣良『空は今日も青いか』を読む

R25というフリーペーパーに書かれたコラムをまとめたエッセイ集。
著者の文章を読むと、天才型というか、いかにも作家というか、肩を張らない生き方をしているなぁ~と感じることが多い。

今回、気になった個所をいくつか。
・フレッシュマンのみんな、学生時代なんて面白くもなんともない時代をよく乗り切ったね。これからが、君たちの時代だ。自分で働いて自由を得る。こんなに素晴らしいことはない。仕事を始めたら、仕事以外に学問と趣味で、学と游のテーマをそれぞれひとつづつ見つけて、たのしんでください。それが、君たちの人生を照らす光となる。


森博嗣『やりがいのある仕事』という幻想を読む

元大学教官という著者が若者に対して『働く』ことについて語った本である。
基本的な考え方は以下の通り。
・仕事なんて、そんなたいしたものじゃない。
・権力は幻想である。

こうした意見を見ると、養老さんと似ている気がする。
大学の教官ということもあり、世俗から離れ、真に自由な思考ができるのだろう。もちろん、それを可能にする己の財力や地力が伴っているからだけど。

さて、私は中でも次に言葉に感動した。『人間の価値はどこで決まるか。それは、自分の中でどこまで納得した生き方ができるのか、である。自分で自分をどこまで幸せにできるか。』

これは相当に深いことを言っている。つまり、学歴や仕事先、配偶者などはその人の価値とは本来無関係なのだ。なぜなら、それに価値があると思い込むのもまたその人だからである。自分で問いを立てて、それに回答している。とすれば、自分の中で自分を幸せにする方法は、考え方によるものだとわかる。

人は環境に影響を受ける。勉強ができることが偉い、と語る親元で暮らしていたら、子供もそういう思考をするのだろう。しかしそれはあるラインを超えると単なる思い込みでしかない。運動ができる、おしゃれである、女にもてる。すべては、いろいろな状態があるだけの話であり、それに価値をつけるのもまた人である。とすれば、自分で自分を評価することができるのが、大人である、と言えそうだ。

俺はまだ若い。柔軟な思考が自然とできるレベルにある。しかしながら、ここまで来るのに結構な時間を要してしまった。また、これから年を取る中で柔軟な思考ができなくなる恐れがある。こうした恐れを抱いてこそ、常に柔軟な思考ができ、自分で自分を評することのできる大人になれるのだ、と思うのだ。

最後に、著者に言葉の中で1番感動したものをひとつ。
本当に楽しいものは、人に話す必要なんかない。

岡本太郎語録『芸術は爆発だ』を読む

芸術は爆発だ!!でおなじみの芸術家、岡本太郎。
私でも知っているくらい、このフレーズは有名だ。

本書では、そんな岡本太郎の語録が紹介されている。
私が気になったのは次のもの。

・オレは進歩と調和なんて大嫌いだ。

これは、大阪万博において制作した太陽の塔についてのインタビューから出た言葉。万博とは、科学進歩と未来志向を各国が示し、競争する場。そんな中、太陽の塔は未来志向の建物に拮抗している。
太郎は、それまでは石器と同様の扱いしか受けなかった縄文土器を芸術品として見出し、『縄文時代から日本の歴史は始まった』という常識を人々に定着させた。そんな彼だからこそ、言える言葉である。縄文時代のほうがすげぇじゃなねぇか、そういってのける。
太陽の塔は、70メートルの高さがあるという。しかし当時、すでに万博のシンボルの大屋根を有名建築家が30メートルの高さでデザインしていた。しかし太郎は、『屋根に穴を開けろ!』と一蹴したそうだ。

・孤独ということは、絶対に社会的だ。
太郎は、一人で家に閉じこもる孤独と信念を曲げずに周りとぶつかっていく孤独は対極であると語る。
太郎は、世の中の既成の価値観、常識に常に異議を唱え作品を作っていた。周りのぶつかることを辞さない人である。だからこそ、わかってもらえず孤独になるときも多かったのだろう。自分を貫くことは、孤独と隣り合わせなのだ。
一方、一人で家に閉じこもる個とも孤独と呼ばれる。だれともかかわらない、主張しない。でもそれは、太郎の言う孤独ではない。私流の文脈で言えば、それは『絶望』だと思う。絶望とは、あらゆる体験を拒絶することから生まれるからだ。

孤独と社会的。一見同居するはずのない2つの言葉が、同じ文章の中に自然な形で入っている。この文章には、しびれる。

ゴジラを見て、永遠の0を読んだ

ゴジラを見た、白黒で。
当時の撮影技術であのクオリティーを出したことはすごいんだろうなぁと感じた。さて、ゴジラのテーマは言わずとも、科学万能主義にたいする批判と反戦である。
子供は、怪獣やヒーローにあこがれる。その純粋な動機から、戦争や正義とは何か、善悪とは何か、について考えるきかっかけになる映画なのだろう。こういうのを名作と呼ぶ。

同じ反戦がテーマで今話題の小説『永遠の0』を少し前に読んだ。
特攻隊はテロリストである。そう語る人が少なからずいる。しかし、生の声を聴く機会がない私たちが簡単に口にする言葉ではないのだろう。

花婿人形の話を以前聞いた。靖国神社には、特攻隊員たちをまつった場所がある。親族にあてた手紙や写真の横にきれいな女性をかたどった花婿人形が置かれているのだ。『女性を知らずに命を落とした、人生を終えた若者がどれ程いたのか』その声は重い。これは忘れないでおこう。

私たちは、人間は、どうしようもないものだ、きっと。過去のいやな部分、凄惨な記憶など、語る人がいなければリアリティーを感じる心がなければ、簡単に易きに流れ、悪いことをする。

それを常にわかっていてこそ、平和で生産的な世界を営めることができるに違いない。 

クロマニヨンズのライブin新潟を見た

新潟まで行って、クロマニヨンズのライブを見るなり。
今も耳がキーンとなっている。あれを爆音というのだ。

興奮さめやなぬ中、この日記を書く。数多くのライブに行っているわけではないけれど、クロマニヨンズのライブはすごい。甲本ヒロト、真島昌利のコンビはそれほどすごいのだ。

ヒロトのあの動き、近くで見るとやはりすごすぎる。今でも鮮明に思い出すことができるが、ライブ終了後、ある男性が言っていた『クレージー』との言葉が合う。
でも、トークとかもうまいんだよな。曲の運び方やタイミング、そこがただの『無茶苦茶してやろう!』というバンドと違う。ちゃんとしてるところはちゃんとしている、いや、ちゃんとしすぎている(笑)

そのギャップがいいんだよなぁと思う。あれで、2人とも読書家で博学だしね。

しかし、最後は驚いた。ケツだしちゃうんだもん。見えなかったけど、前もだしていたのだろう。アンコールの登場で、なぜかTシャツをまいただけの銭湯から出たおじさんのスタイルで登場し、最後はTシャツをバッとおろして、ステージからはける。衝撃すぎるだろ(笑)子供もいたけど、あれは見ちゃいけない。それと、それを見て『泣きそう』と語っていた女のファンもたしかにクレージーだ。(笑)

今日は、いろいろすごい光景を目撃したのかもしれない。確認はできなかったものの、人前で全裸になる人を目の当たりにし、それで歓喜する人々の中に自分もいたわけだ。

いや~すごかった。

あの動きはすげーよなぁ…

プロフィール

はし

Author:はし
さいたま在住の22歳、男です。
本の感想や気になる社会テーマについて、書きます。
気軽にコメントしてください(^^)
写真は、江口寿史の作品です。こういうコにあこがれちゃいます笑

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