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人は、問題によって生かされている

人は問題によって生かされている』という対談にとてもいい話があった。


以下、いいと思った箇所を引用しておく。
小山: 先日、場の研究所の清水博先生と、「大地の芸術祭」[*1]が行われている越後妻有に行ってきました。そして向こうで、清水先生が小学生たちに書籍『コペルニクスの鏡』の話をしたんだよね。僕もそこに同行した。話す相手の小学生は、被災地から林間学校として越後妻有に来ている子たちでした。

[*1]大地の芸術祭
http://www.echigo-tsumari.jp/

その小学生たちに、清水先生が「生きていくということはどういうことなのか」という話をした。「生きていく」ことと、「生きている」ことは、実は全然違うことなんだよね。未来に向かってどのように「生きていくか」ということは、すごく重要。そうした「生命の哲学」を、小学生に対して話したわけです。
目の前に問題が起こったときに、人は能動的に「生きていく」状態になっていくということ。問題によって生かされるということがある、ということなんだよね。

今のエピソードで言うと、「泳げないと溺れてしまう」という問題がやってきたときに、初めてどうしたらいいかを考えるということがある。

そのときに、今の日本には「問題があることは実はいいことなんだ」という発想の転換は、実はすごく必要なことなんじゃないか、というふうに改めて思ったんですよ。

さらに話は続き、問題にも種類がある、という話になる。
「問題にもふたつの種類がある」と。

ひとつは、すぐに答えの出る問題=すぐに解決しなくてはいけない問題がある。もうひとつは、すぐには答えが出ない問題=長い時間をかけて取り組むべき問題がある。

しかし一方で、本当に足の長いことに取り組まないと、本当は人は「生きていく」ということができないんだよね。

人が成長するときのきっかけに「内発性」の問題が出てくると思うわけ。きっかけというのは、つまり「生きている」という状態が「生きていく」というところにモードチェンジするときの何か、だよね。――それを“発芽”させるには、どうしたらいいんだろう? 
言葉で言うと陳腐だけど、それは本当にケースバイケースだと思う。地域で町おこしをしようとしたときに、「いや、すでにこういうメソッドがあるんです」「こういうソリューションがあるんです」って持っていったら、絶対失敗する。「こうやったら大丈夫です」という方法は、その地域によって違うからね。

個人の成長も同じで、そのひと個人の成長って、その人にしか適用できないものがあるから、実際にその人を見て感じながら考えないといけない。

人は、生きていく過程で必ず何らかのトラウマを感じたり、不幸な境遇にあったりすると思う。自分の中で、納得できなかったり、曲げようがなくなった気持ち(信念という@養老孟司)を持つ。それをずっと抱きしめることで、人は「生きていける」。そんなことを言っている気がした。
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