徳川家康と首都高

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徳川家康は、街づくりの天才だった。

東京オリンピックが開催された1964年、外国から来る大勢の人のために東京に首都高速を作ろう、と計画がなされた。しかし、当時にして東京はビルが乱立。そんな土地はなかった。

そこで、それまで川だった場所に首都高を作ることになった。
その川こそが、江戸時代に徳川家康が作った水路だったのだ。

当時の地図と首都高を比べると、ぴったり重なる。
江戸時代、それまで都は京都だったので関東は田舎だった。

徳川家康は、まず水路を作った。水路を作って、物資をどこからでも江戸城に運ばせる
ようにする、それがまず重要と考えたからだ。

そのもくろみ通り、田舎だった江戸が急速に発達していく。
徳川家康が死んでからも、発達は続き、最盛期には江戸も人口は100万人を超えた。
当時、ローマ帝国と言われたローマでさえも、人口は90万人だったので
世界最大の都市であったといわれる。

今の、東京があるのも家康のおかげである。
その最たる例を、首都高で見ることができるだろう。

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