スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

太宰治のお墓に行ってきました。

太宰治が眠る禅林寺というお寺(東京都三鷹市)
前から行ってみたかったというと変かな(笑)
太宰治のお墓がある三鷹市の禅林寺に行ってきました。

さすがに、お墓を写真に収めるのは気が引けたため、お寺の写真です。

平日なので、お寺はひっそりとしていましたが、私のほかにもう一人若い男性がお墓詣りに来ていました。

太宰は、39歳でお亡くなりになりましたが、9年間(疎開していた時期が2年くらいあるから実質7年間)を三鷹で過ごし、走れメロスや富嶽百景などの作品を三鷹で残したそうです。

太宰が作家として安定した時期を三鷹で過ごしていたのです。昔は、ネットなんてなかったから文豪と呼ばれる人は割と近くに住み、お互いの家で文学談義に花を咲かせていたそうです。太宰の師匠の井伏鱒二も中央線沿いで暮らしていたそうです。太宰が、三鷹を選んだ理由が都心からほどほどに離れていて編集者の最速から逃れられるから、というのがなんとも「らしい」なと感じます。

太宰は愛人と心中をして最期を迎えるわけですが、実際、玉川を見てみると、こんな川で人が死ねるか?と思います。。当時は、玉川の水量が今の3倍ほどあり、流れも速かったらしいです。その結果、実は川に入水したのは、6月13日なのですが、発見されたのが6月19日になってしまったと。しかし、皮肉にも太宰の誕生日も6月19日であったため、この日を桜桃忌と名付けたそうです。

もともとこの禅林寺には森鴎外のお墓があり(本名森林太郎として)、太宰は折鴎外の近くで自分も眠りたいと考えていたそうです。
しかし、愛人との心中という死に方、また玉川上水(下水ではないから生活水なんですね)に飛び込んだこともあって当時の三鷹市民は太宰のお墓を作ることに反対だったそうです。しかし、奥さんが頭を下げて(なんていい奥さんなのだろう)禅林寺にお墓を設けることができたそうです。

太宰治のお墓には、本名の津軽修治ではなく、ペンネームの太宰治の名前が刻まれています。
太宰は道化などと自虐していましたが、自虐ネタといったら失礼かな、そういう形で人を喜ばせたり、人に注目されるのがとにかく好きだったのではないかと思うのです。だから、お墓にも太宰治の名を遺したのではないでしょうか?俺は、大衆にとっては太宰治という作家なのだ、と。

太宰治文芸サロンが、駅前にあり、無料でいろんなことを教えてくれました。今書いたこともほぼそのまま受け売りです(笑)
貴重な体験をした1日でした。




























スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

はし

Author:はし
さいたま在住の22歳、男です。
本の感想や気になる社会テーマについて、書きます。
気軽にコメントしてください(^^)
写真は、江口寿史の作品です。こういうコにあこがれちゃいます笑

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2プロフ
こびとさんの時計
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。